「人物叢書 織田信長 池上裕子 吉川弘文館」
「淀殿 」福田千鶴 ミネルヴァ書房
「中公新書 江の生涯」福田千鶴 中央公論新社
「戦国九州の女たち」吉永正春 西日本新聞社
「中公新書 流浪の戦国貴族近衛前久」 谷口研語 中央公論新社
「人物叢書 朝倉義景 水藤真 吉川弘文館」
「信玄の妻 円光院三条夫人 上野晴朗 新人物往来社」
「戦国の女性たち 」 小和田哲男 河出書房新社
こちらの方は、複数の執筆者による内容という事もあるのか、扱っている女性達によって、内容のレベルにバラつきがあり、本人ではなく長女の黄梅院に関する記述で、関連して出てくるだけとはいえ、古臭い感じの見解のままの、三条夫人に関する記述など、いくつか気になる点はあるのですが、 それでも戦国女性達に関しては、史実・史料重視の姿勢であり、真面目な方の研究書だと思います。
基本的には著名な戦国女性中心の人選になっていますが、龍造寺隆信生母の慶誾尼や二階堂盛義の後室の大乗院などの、九州や東北地方の有名戦国大名の、これら妻達を取り上げているのは珍しいと思います。
「続・加藤清正「妻子」の研究」 福田正秀・水野勝之 ブイツーソリューション
なぜ続なのかというと、実は私は前作の「加藤清正「妻子」の研究」の存在については、ふとしたことから知り、これまで根拠もなく語られてきた加藤清正妻子の研究と、その研究の趣旨自体は大変に興味深く感じ、一度は興味を惹かれたのですが。
しかし、生憎私自身が加藤清正に、いまいち興味がないということと、また自費出版ということで、通常の商業出版本よりも、かなり価格が高めという事もあり、これまでずっと買うことを躊躇していました。
そしてこのように購入を迷っている間に、これも自費出版の悲しさで、いつの間にか絶版になってしまいました。
本書も前作に引き続き、自費出版ながら、なかなか良質な感じの戦国女性本というように見受けられたので。かなりの労作だと思います。
しかし、続とはいえ、引き続き、前作でも紹介されていた、加藤清正の妻の山崎氏や清浄院、そして娘達のあま姫や揺林院などについても、最初から取り上げられており、続とはいえ、前作を読んでいなくても、それ程支障ない内容に思えます。
ただ、加藤清正の娘達は、江戸時代になってから生まれているようであり、このサイトの趣旨にはそぐわないかと思ったので、彼の妻達だけの紹介に、留めておきたいと思います。
それから、これまでの加藤清正の妻達と同じく、何かと根拠なく語られることばかりの、武田信玄の妻達についても、そろそろ、このように真面目で良心的な内容の、まとまった研究本が、出て欲しいものです。
相当難しそうですけど。
「城と女 上・下」楠戸義昭 毎日新聞社
「戦国女系譜」巻之一・巻之二 楠戸義昭 毎日新聞社
「中公文庫 美女たちの日本史 永井路子」
「文春文庫 歴史をさわがせた女たち 日本編」
「美女たちの日本史」は、取り上げられているのは、戦国女性だけではありませんが、戦国女性の割合が、多いです。
だいぶ昔の歴史エッセイ集なので、すでに古びてしまった感のある説、また私としては必ずしも賛同できない、違和感を感じる、または疑問なものも、いくつかありますが。
とはいえ、やはり、これまで不明確な部分が多かった、従来の戦国女性達に関して、数々の通説を塗り替え、歴史の新事実を発掘してきた、史実派・実証派の定評ある女性歴史作家の、永井路子先生の見解が多数盛り込まれた、外せない一冊だと思います。ただ、やはり、浅井三姉妹と非常に史料が少ない女性である、濃姫、お市などに関しては、個人的にはかなり違和感を感じる箇所も、ありました。
特にお市はそんな子供の頃から、信長と一心同体という感じで、織田家を盛り立てようという事で、一致していたのでしょうか?どうも永井先生の、主観が強いような感じが。
どうやら信長と彼女とは異母兄妹だったようですし、それに、かなりの年齢差もあるのに、それで果してそこまでの一体感・連帯感を持てるのか、疑問に感じる所もあります。
二人の実際の兄妹関係も、いまひとつわからない訳ですし。信長が織田家の女性である彼女に、実家と婚家の折衝・及び実家の繁栄に貢献してくれる事を期待するのは、 信長兄妹の場合に限らず、当時としては当たり前の事なのではないでしょうか?ここから、具体的に信長と彼女の個人的な絆の強さを読み取るのは、難しいような気がするのですが。
それに浅井と織田が対立する事になった時、そんなにお市が織田家第一、兄信長第一の女性なら、娘達を連れて、すぐに実家に戻っても良さそうなのに、そうしている形跡も、ありませんし。それ所か、こんな緊迫している状況の間に、夫婦には、末娘のお江まで生まれている訳ですから。
それから、どうも永井路子先生の小説での浅井三姉妹は、それ程仲が良さそうではなく、エッセイの方でも、そんなに協力し合っていた形跡が見られない、同母姉妹なのに、淡白な感じの関係という見方には、以前からそうなのかな?と思っていましたが、これはやはり、浅井三姉妹の関係については、 先生が一人っ子なため、(「文春文庫 歴史をさわがせた女たち 外国篇」のブロンテ姉妹の章で、自分は一人っ子だと書いています。)姉妹間の関係について、実際の感覚としては理解できない部分も、
あるのでは?とも 思います。
ちなみに私には、姉妹がいます。そういえばこの作者の小説では、なぜか次女が、特にどこか皮肉っぽく描かれる傾向が、以前から気になっています。お初然り北条政子の妹で、源実朝の乳母の阿波局然り。他の時代の、次女に当たる女性も、そういう傾向が目立つというか。特に「文春文庫 炎環」という、鎌倉時代を扱った短編集の中での、その題名もズバリ「いもうと」、この話の中での阿波局(この小説では保子)が、身の気がよだつような怖さです。のんびり屋でおしゃべり好きで、姉や他の兄妹達より、一見親しみやすい性格に見えながら、どこか得体のしれない、本心が容易に掴みにくい女性になっていて、どこまで作為なのか無作為なのか、よくわからないというか。
特に、慕っていた、木曽義高が父親の頼朝の命令により、殺害された事を幼い大姫に話してしまい、回復不可能な心の傷を負わせるくだりなんて、怖過ぎます。
そしてこれも、こうして間接的に、人一倍繊細かつ強烈な愛情を持っている女性という設定になっている、源氏嫡流の姫大姫を、結婚できないようにさせ、自分の養育している実朝を、頼家に異変があった時のために、いずれ後継者として指名させようという、深謀遠慮なのか、それとも対照的な性格の姉を憎んでいたからやったのか、それともその両方なのか、判断しかねる所です。どれにしても怖いですが。
姉妹がいない作者にとっては、かえって、姉妹間ってかなりドロドロしていて、それに次女って、どこか抜け目ない所があるように、実際にきょうだいがいる人間以上に、思えるんですかね?)
それから信長に吉乃が一番愛されていたのだろうというようには書きつつも、信長は濃姫の事も愛していたとしていますが。ですが妻の父斎藤道三の敵討ちや、濃姫が連れて来た、美濃の家臣の協力が、信長の濃姫への愛情に直結していたと考えていいのか、やはり、心許なさを覚えますね。
それから念のため書きますが、別に私は吉乃びいきという訳でもありません。ただ、濃姫が聡明な良妻で信長との夫婦関係も良好だったと、現時点で、そのように判断してしまうには、具体的な判断材料が、あまりにもなさ過ぎるのでは?という事です。永井路子先生にしては、ずいぶん早計な気がするのですが。
なぜか、実像が不明なのに、良妻のように言われる事が多い、濃姫のイメージは、やはり、山岡荘八や永井路子や司馬遼太郎の強い影響があるのでしょうか?
ある意味、恐ろしいですね。歴史小説家達の描かれ方しだいで、人気が決まってしまうとは。
築山殿、淀殿、三条夫人などの不遇な扱いを見ていても。
(それにしても、いくら彼ら有名作家達の後押しがあるとはいえ、ほとんど詳細がわからない女性なのに、なぜか潜在的に濃姫びいきの心性を持った人が多いんだなあという印象も、強いですが。いくら有名作家が主張していても、その説が思うように浸透するとは、限らないわけですし。
極めて史料が乏しく、ほとんど実像がわからない女性にも関わらず、ここまで速やかに、そして幅広く、濃姫良妻説が広まってしまうとは、やはり、潜在的に濃姫良妻説に、賛同したい人々が多いという事ですね。
いくら良妻説を主張する中に、戦国女性研究のパイオニア的な永井先生が含まれているにしても、ほとんど推測によるこの説が、こんなに広まってしまうとは。
何で?斎藤道三の娘でなおかつ天下人信長の正室だから、その威光?更にやはり、あの道三の娘だから、そこからの娘の濃姫の切れ者イメージまでが連想されやすいのでしょうか?それに、例の輿入れ前の父道三とのやり取りが史実だと思われやすく、そこから連想を膨らます人が多いという事?
しかし、いくら実証派の歴史小説家とされている、永井路子先生の見解といえど、濃姫に関するそれの、その大部分は彼女の憶測の域を出ていないとするしかなく、私からすると、現時点では彼女の信長との夫婦関係及び正室としての具体的な貢献については、何とも言えないという印象の方が、強いです。やはり、もう少し何らかの彼女に関するものが発見されない限り、判断は下しにくいですね。
せめて、彼女の没年及び墓所くらいは、確定されないと。
濃姫に関しては全体的に、作者個人の想像が勝ち過ぎているものを、感じてしまいます。
また、最後までお市は織田家の女性という意識を、何よりも強く持ち続けたという解釈にも、個人的には疑問を感じました。常に、彼女の中の比重は、それ程織田家にばかり、確固として傾いていたのでしょうか?
それから、いまや、もう例の小豆の話は史実ではないと否定されているので、この行動を根拠とするのも、無理が出てきてますし。私としては、特にお市、濃姫、浅井三姉妹に関しては、疑問を感じる所が多かったです。
「文春文庫 わが千年の男たち 永井路子 」
どちらかというと江戸時代の人物が多めですが、戦国時代では、今川義元、豊臣秀吉、筒井順慶が取り上げられています。筒井順慶についての章が、特に興味深かったです。
二つの系図では、なぜ一つでは織田信長の娘が筒井定次に嫁いだとしているのに、もう一つでは明智光秀の娘が嫁いだとされているのか、その矛盾についての考察など。
確かに、実際には明智光秀の娘だった秀姫が、織田信長の養女として順慶の甥で養子の筒井定次に嫁いでいたからだと考えた方が、本能寺の変後、明智光秀が藤田伝五を通じて、順慶に何度も援軍要請をしている理由が、納得しやすいように思います。それに、すっかり日和見の代名詞のようになってしまった洞ヶ峠ですが、実は筒井順慶は当日洞ヶ峠には、行っていなかったらしいとか。
それから、確かに指摘されている通り、私も何となく筒井順慶って、その名前の響きなどから、もうすでにかなりの高齢の武将のようなイメージがありましたが、実際はまだ三十代だったんですよね。そしてまた、筒井定次に嫁いだ、秀姫の目を通して描いた、筒井順慶についての短編の「青苔記」と合わせて読むと、更に興味深かったです。
なかなかその正体が掴みずらい、味のある人物として描かれていたような気がします。
「女の修羅・男の野望 永井路子 PHP研究所」
これは全体的に、気楽な歴史エッセイという印象が強いです。平安時代から戦国時代までの各著名な歴史人物について、取り上げています。
元々、源頼家の遺児である竹御所について、珍しく、歴史小説以外で触れられている点に興味を感じ、手に取りました。
他には私はやはり、この本で初めてその存在を知った、まさに幻の女性という感じの、大村マルタを扱った章に、特に興味を惹かれました。
初め作者が何気なく、系図で見かけただけだった女性の大村マルタ。そして作者も初めはその史料の説明通りに、彼女は有馬直純と婚約していたが、そのまま嫁ぐことなく、亡くなったという説明を信じていたが。
しかし、その内に、たまたま新たに読んだ、宣教師の書いた記録から、彼女は有馬直純とは一度結婚していたが、彼女がそのキリシタンの信仰から離婚されたという、矛盾した内容を見つける。そして本当は彼女は死んでいなかったのか?と作者が推理を展開していき、なぜこのような異なる記録がそれぞれ残っているのか?ということを解明していく過程が、面白かったです。
また、当時のキリシタンになった大名達が、必ずしも純粋な信仰だけを目的としたものではなく、他のいろいろなメリットをも期待して入信していたことなども、興味深く読みました。私はこの「幻の女たち―宣教師の伝えるキリシタンの女」の章と「佐々成政は2度死んだ―戦国に生きた男の気負い」が、特に興味深いと思いました。
「近江戦国の女たち サンライズ出版」
淀殿達、浅井家の女性達について研究しているらしい、歴史作家畑裕子氏です。
この人も歴史作家の中では、比較的に実証・実地調査を重視する方ではないかと思います。
長政の側室の息子の喜八郎が語り部という形式を取り、小説風評伝?になっています。
長政母と姉の井口殿、見久尼に関しては、なにぶん特に史料が少ない女性達であるため、どうなのかな?と作者の解釈に、判断がつきかねるものを感じる面もありました。
でも、特にお市に関する解釈は、思いがけず私と似たものを感じたので、嬉しかったです。
さすがに、永井先生が以前の著書の中で史実として取り上げていた、小豆の話も、すでに後世の創作と否定されていますし、これなどを根拠として、依然として信長寄りだったという説の、根拠は更に弱まるような感じがします。
それに、兄信長と夫長政との対立時、兄の性格を考えれば、うかつに手助けもできなかったのではないのでしょうか?
やはり、妹とはいえ、信長の敗れた朝倉や浅井方への残酷な仕打ちには、慄然とする思いだったとした方が、自然な気がします。それまで、本当によく少女漫画や小説等で描かれるように、果たしてお兄様大好き!!という妹だったのかも、わからない訳ですし。
それに、信長はお市よりかなり年上の兄であり、すでにお市が少女の頃には、織田家当主となっていた訳ですし、感覚としては兄というより、家長という感じだったのかもしれません。
他の女性達では、豊臣秀次正室の一の台、秀吉側室の、京極竜子に関しては、やや想像が勝ち過ぎているのでは?と思う所も、ないではないですが。
一の台も、立場の割には、史料がかなり少ない女性達ですし。
また、秀吉の寵愛を巡る、最も手強いライバル同士と目され、これまで不仲とされる事が多かった淀殿と京極竜子の二人の関係の捉え方には、斬新さ、それなりの説得力を感じました。まあ、正規の研究でも、二人の関係の見直しが、行なわれ始めているようですし。
国松が発見され、処刑された後、竜子が、淀殿の孫の国松の遺体を保護して誓願寺に手厚く葬ってやっている事から考えても、それ程両者が不仲だったとは考え難い形跡は、確かにありましたが。全体的に、淡々とした静かな語り口という感じです。
「戦国の女たちを歩く」
田端泰子
山と渓谷社
お市、おね、淀殿、細川ガラシャ、まつ、義姫と愛姫など、メジャーな女性達の他にも、妙玖、しん、亀寿、帳佐屋地など、珍しい地方の女性達も、取り上げています。
伝記と関連地ガイドブックを兼ねた本です。
絵や写真が多いのは、良いです。
戦国女性研究者として、有名です。
しかし、どうも福田千鶴先生などと比べると、史料の読み込み・その内容の吟味が甘いような気がしてしまいます。
また、この指摘は他でも目にするのですが、著作の記述のまちがいがけっこう多いのが、気になります。
以前に細川ガラシャの伝記で、武田勝頼の前妻の織田信長の養女の遠山夫人が後妻になっていたり、何と勝頼の享年が十七歳くらいになっていたりと、(もしかして、息子の信勝のそれと、まちがえてる?)
これは致命的ではないかと思う、まちがいを見つけてしまい、最近かなり不信感が。
どうも、この人の著作に関して、編集側のチェックも、甘いのではと思います。
福田千鶴氏は、すでに淀殿の画期的研究で定評のある歴史家ですが、歴史作家の楠戸義昭氏に関しては、必ずしも、この書籍中での、各戦国女性達に対する彼の意見に賛成という訳ではありませんが。
しかし、割と、歴史作家にしては、小説の創作話をむやみに使用したり、 憶測ばかりを書くのではなく、現地取材など、なるべく実証を重視しようとする姿勢は、 好感が持てます。
比較的歴史作家の中では、良心的な方の人だと思います。
特に諏訪御料人について、最初は彼も井上靖の小説での彼女についての描かれ方を、そのまま鵜呑みにしてしまっていたようだけれど、長野の方には、彼女についての史料も伝承も、一切存在していない事を、きちんと指摘しているのは、当時の歴史作家の一般書としては珍しいし、特に評価されるべき点かと。
彼のこちらの本の方は、マイナーな、地方の珍しい戦国女性達を中心に取り上げていて、しかも、なかなか見所のある、興味深い女性達も多く、 より情報的・資料的価値が高いと思うのですが。
ただ、一人一人についての記述が短めのせいもあり、無造作に各関連参考文献を、文章の中に投げ出しているというような印象を、受ける箇所もあります。どこか史料批判・検討が、浅い感じというか。
それに、この楠戸氏について気になった点としては、「城と女」では、武田家の女性達については、上記で少し触れているように、まだ歴史小説の影響を強く受けている感じであり。
そして具体的な史料の裏付けもないまま、武田信玄の側室で武田勝頼の母の諏訪御料人が信玄の最愛の妻で、正室の三条夫人は悪妻ではないものの、気位高く扱いずらい所があり、信玄の気持ちは諏訪御料人に傾いていったのだろうとしているのに対し、後で出版された「戦国女系譜」の方では、見解の変化が見られます。
私も読んだことがある、 三条夫人に関して詳細に調べ、当時の葬儀の追悼文や他の記録などから、三条夫人が嫉妬深くて高慢な悪妻だというのは、史料的根拠もなく、主に歴史小説家達が広めた否定的な見方だった。そして彼女の実像は温和で信玄の最愛の妻であったとしている、上野晴朗氏の、三条夫人の伝記を利用して、三条夫人に対しての見解を変えているようです。
このように、武田家のこの二人の女性達に対して、彼の記述内容・見解の進化が、感じられました。
それから、戦国女性に関する書籍は、数多く出されてはいるのですが、 どうも研究者や作家達の片手間で書かれているような、内容の薄い物が多い印象が拭い切れない出来の物が、目立ってしまいます。一冊で大勢の女性達を まとめて扱っている内容の本こそ、そういったものが多いです。特に数多く目立つ、作家の書いた本は、面白そうだと思えば、小説家の創作だろうが、信憑性に疑問が残る史料上の逸話などだろうが、何でも詰め込む傾向が見られるのであまりむやみに紹介・おすすめできません。