プリンセスコミックス 五徳春秋 河村恵利 秋田書店

プリンセスコミックス 五徳春秋 河村恵利 秋田書店表紙
プリンセスコミックス 五徳春秋 河村恵利 秋田書店

このサイトの関連記事の中でも、少し触れている、この作品ですが。

この築山殿と信康と徳姫の話の表題作の他に、武田勝頼正室の北条夫人主人公の「乱れ髪」、あとは武田信玄の娘の松姫の話とか、信長・濃姫・お市の方の話の「咲くやこの花」とかあったような。

この表題作の「五徳春秋」、おそらく漫画では珍しく、築山殿悪女説には、疑問を呈している内容なのではという点では、注目かもしれませんが。ただ既に徳姫の記事でも触れている通り、徳姫自体についての描かれ方も、いろいろと疑問を覚える所もそうなのですが。

他にも私は築山殿事件は、全て信長が仕組んだ陰謀というのは、かなり無理があるように思います。

それとそれからこの「咲くやこの花」を読んで感じたことですが、この作者も濃姫びいきなんだな、というのがわかります。

この話の中での農姫は一時期、心を閉ざしてしまった少女のお市を優しく見守る義姉という描かれ方だし。

また生駒氏の方は、全然出てきませんしね。

 

ホラーMコミックス文庫 あざみ野逢歌 原ちえこ ぶんか社

ホラーMコミックス文庫 あざみ野逢歌 原ちえこ ぶんか社表紙
ホラーMコミックス文庫 あざみ野逢歌 原ちえこ ぶんか社
プリンセスコミックス あざみ野逢歌 原ちえこ 秋田書店表紙
プリンセスコミックス あざみ野逢歌 原ちえこ 秋田書店

ベテラン漫画家で、現在はハーレクインシリーズを漫画化しているらしい、原ちえこの、現代にタイムスリップした信康と現代の少女との交流を描いた作品。画像通り、新たに「ホラーMコミックス文庫」として、出版されています。この人も、河村恵利と同じプリンセス系で活躍していた漫画家で、「千夜恋歌」や「白の悠久黒の永遠」など、歴史を題材にした物が多いのですが、河村恵利と比べるとファンタジー色が強いせいか、あまり歴史物の漫画としては、注目されないような気がします。

さて、この「あざみ野逢歌」ですが、自分は父にも母にも愛されていないと感じている信康がせつない。

ただ、築山殿も、悪女までにはなっていない感じですし、最後は母子の心の絆を確認するような描き方で、良かったと思います。

 

 

 

信康自身は母である築山殿を、慕っているのですが。

しかし、お馴染みの築山殿の描写として、彼女は名門今川氏に連なる自分とは大幅に家柄の違う、三河の土豪である家康に嫁がされ、またほとんど夫の訪れもない、自分の不遇をひたすら嘆く日々を送っています。また息子である信康のことにも、ほとんど関心を示そうとはしません。また築山殿の侍女達も、おそらく不幸な女主人に同調するあまりなのでしょうが、彼女達まで一応領主の息子である信康に対してさえ、あんな土豪の息子なんてという感じで、何気に失礼ですし。

そして本当にたった一度だけ、遠巻きな後姿だけという感じで、ちらりと家康が正室の築山殿の許を訪れた後と思われるシーンが出てくるのですが。しかし、おそらく、完全に儀礼的なご機嫌伺いであるのが予想され、築山殿と会話らしい会話もしないまま、早々に退出したんだろうなという感じ。また途中で会った息子の信康にも、元気にしているな程度の、これまた必要最低限の言葉しかかけないで、そそくさと帰っていく感じだし。

 

 

 

この信康が可愛がっている白鷹が、タイムスリップの鍵を握る存在となっているのが、印象的です。何か信康の親友でもあり、彼のことを見守る存在でもあるような感じ。 それから、このように鬱々とし、何かと淋しい日々を送る信康が、ある時、突如現代にタイムスリップしてしまい、現代の生活に、いちいち驚く彼の反応が面白いです。

 

ですが、主人公の少女が弓道をやっている関係から、さすがに彼が弓を射る時などは、様になっていますが。

戦国の築山殿・信康母子と現代の主人公の少女とその母親と、二組の親子の姿が交錯して描かれているような感じです。

主人公の現代の少女と信康との心の触れ合いと淡い恋を描きつつも、この作品の主なテーマは、母と子の絆なのかなと思いました。

すれ違っていても、本当は愛し合っている母子という。

 

 

 

そして最後の信康の台詞の「己の運命は己で全うしなければな」という、少女への別れの言葉が感動的。

また、物語序盤の、信康と徳姫との、ぎくしゃくとした感じのやり取りの、こうしたちょっとした描写の中にも、後年の二人の不和を匂わせるような描き方になっているのも、なかなか上手いなと思いました。

それから、表紙イラストの、眠る信康の傍らにそっと手を付いている女性って、私は最初はこの作品を読む前までは、徳姫かと思っていたのですが、築山殿だったようです。

講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち かやまゆみ 講談社

講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち1巻 かやまゆみ 講談社表紙
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち1巻 かやまゆみ 講談社
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち2巻 かやまゆみ 講談社表紙
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち2巻 かやまゆみ 講談社
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち3巻 かやまゆみ 講談社表紙
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち3巻 かやまゆみ 講談社
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち4巻 かやまゆみ 講談社表紙
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち4巻 かやまゆみ 講談社
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち5巻 かやまゆみ 講談社表紙
講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち5巻 かやまゆみ 講談社

平安末期頃から戦国までの、日本史の有名な夫婦・カップルを取り扱った、シリーズ名も「歴史ヒロインシリーズ」です。

戦国物は以下の通り。各題名を見てもわかるように、かなり少女漫画色を、前面に押し出している感じです。

例えば、長篠の合戦で大敗した後、しかも、自分の父親くらい年上の勝頼に、まだ十代の北条夫人が自分から進んで後妻として嫁ぎたがるって、かなり無理があるなとか。

また、普段こういうジャンルの作品を書き慣れていないような、ぎこちなさのようなものも、どこか漂うというか。

そこはかとなく、話の運びというか、描写の端々などに、そういったものが見て取れるような。ただ、シリーズも進むに従い、だんだん、それなりに上手くなってきてはいるかな、というような印象になってきてはいますが。私の印象では、やはり初期の頃に比べると、伊達政宗と愛姫の話辺りなんかを読んでいて、特にそう感じたというか。

 

 

 

それから、もう私の年齢では、気恥ずかしくなるような、一連のこのタイトルですが。ただ、この一連のタイトルも、作者自身が付けたのではないようで。大体、こういうタイトルなんて、編集者が付けるものなんでしょうね。それに元々このシリーズ自体も、編集部から持ち込まれた企画物だったようですし。ちなみにこの作者本人は、世界史の方が好きだったそうで。このように、基本的には、仲が良かったと思われているカップルが多いのですが、ただ、源実朝の正室とか、徳姫が入っているのは珍しい感じがしました。一部、編集者独自の選択意図も反映?

 

以下、戦国物の作品名のみ抜粋。

 

一巻「1615年の幼妻-千姫の恋」 豊臣秀頼・千姫

 

「1545年のジューン・ブライド-光秀の花嫁」 明智光秀・熙子

 

 

二巻「1579年のジェラシー-信長の娘」 信康・徳姫

 

「1561年のトライアングルLOVE-秀吉の恋人」 秀吉・ねね

 

「1582年のピュア・マリッジ-武田勝頼の妻」 勝頼・北条夫人

 

 

三巻「1567年のプリティー・ウーマン-信長の妹」 お市の方・浅井長政

 

 

四巻「1541年のデスティニー-若き日の信玄の愛」 武田信玄・諏訪御料人

 

「1548年のTrue Wedding-信長と濃姫」 織田信長・濃姫

 

 

五巻「1585年の聖母-伊達政宗を支えた少女」  伊達政宗・愛姫

 

 

「1569年のShining Love-信玄の娘」 北条氏政・黄梅院

ロマンコミックス 人物日本の女性史 諏訪御寮人 松井かずみ 世界文化社

いろんな意味で、超レアな歴史漫画シリーズの中の一冊、「ロマンコミックス人物日本の女性史 諏訪御寮人 世界文化社」。この「ロマン・コミックス 人物日本の女性史シリーズ」というのは、今から約二十年以上前に企画され、一九八五年から一九八六年まで、約一年ほどかけて刊行された、歴史漫画シリーズ。

まず、ぱっと見た印象ですが、装丁が豪華。

A5判の大きなサイズに、そして同時代の人物二冊ずつ一セットの単行本表紙とは違うイラスト付きの、全十五巻の化粧箱仕様。更に金銀箔の箔押し表紙と裏表紙という豪華・凝った感じの造り。更にこのように、企画自体も何か豪華。

何かバブル的な匂いが。各二回配本で、全三十巻という豪華企画。またこのような造りだけあって、650円と定価も高め。更に執筆陣も豪華と言いたい所ですが、なぜかこの企画中の作品でしか、名前を見ない人が多かったです。

卑弥呼、衣通姫、額田王、光明皇后、藤原定子、和泉式部、北条政子、お市の方、淀殿など、古代から明治時代までの、日本史上の著名な女性達が目白押し。

 

 

 

そういえば、何か副題が、古典語形容詞のシク活用が多い感じですね。「諏訪御寮人 落城の炎のかげに悲し」や「淀君 栄華むなし」など。また「一代の栄華は遠くはかなく寂光のひと」・「現世の愛欲あわれ永遠へと願う夢の浮き橋」などの、短歌や俳句の修辞法で使われる、体言止めも多いし。やはり、歴史物だからですかね。

 

 

 

 作品の雰囲気についての印象としては、やはり、レディースコミックスの歴史物ということで、レディースコミックスな感触の歴史漫画という感じ。

上手く言えませんが、それ以外の歴史漫画と比べて、一種独特の感じ・描写というか。

といっても、作者によって、多少作風の違いもあるのかもしれませんが。内容の完成度も、作者により、バラつきがあるような。また各巻の主人公の性格や内容などが、特定の有名歴史小説での人物描写や解釈がほぼそのまま取り入れられていたり。

このように、あまりその漫画家自体の、オリジナリティーが感じられないものも、いくつかありました。それに、各女性の解釈など、やはりもう古さを感じるものも、かなり目立ちますね。大野治長との密通とか、淀殿なんてやはり悪女になっているし。

 

 

 

そして本作品自体の全体的な描写は、むしろ少女漫画的な印象。特に生々しい感じの性描写は、ありません。

だから、そういうレディースコミックな感じがだめな人でも、大丈夫かと。これは私の個人的な推測ですが、作者によっての、描写の感じの違いからして、おそらく、このシリーズ、わたなべまさこなどの、レディースコミック漫画家だけではなく、それまで少女漫画しか描いたことのない人達も、かなり混ざっているような。

そして、この松井かずみという人も、全体的な印象から、そうなのではないかという気がします。

本作品では、諏訪御料人ことこの話では燁姫は、何と武田信玄側の追っ手の目をくらまし、長尾景虎(上杉謙信)と駆け落ちする際に、変装して水干姿の美少年姿まで披露していて、やはり、全体的に少女漫画チックなテイストです。

主要人物も、洋風美形揃いで、これまた少女漫画の王道。

そういえば、他に印象に残った箇所といえば、彼女の悪夢の中に出てくる信玄が、雰囲気や他にも円形の飾り襟とか、何か昔の沢田研二主演映画「魔界転生」(山田風太郎「魔界転生」原作)の天草四郎ぽかった。(何か髪型も、下記画像の沢田研二さん扮する天草四郎にそっくりだったし。)

そしてこの角川映画も一九八一年の作品だし、このように、このコミックスと同じ年代に放映されていて、やはり、何かと時代を感じさせる描き方。

また更に、これも角川映画で一九八三年上映の「里見八犬伝」の中で、静姫が追手の目をくらますために、やはり水干姿の少年に変装して逃げる場面なども、そっくりですし。

 

 

 

それから最初は、どうせ、例によって諏訪御料人ヒロインの漫画なんて・・・と思っていたのですが、奇跡的にも、特にこのような視点の作品の場合、三条夫人が悪妻として扱われていないという意味では、特に漫画の世界では、現在でも非常に貴重な作品だと思われたので。この時代を考えても、更に奇跡。というか、三条夫人は悪く扱われていないというより、一切登場しません。

お決まりのパターンの描写にうんざりしていた私にとっては、ある意味、新鮮に映る描き方でした。

でも、いつも大河ドラマなどで、三条夫人はマンネリ化した悪妻設定などで出てくる度に、こんな扱いなら、三条体夫人自体、いっそ登場させないで欲しいと、いつもうんざりしながら思い続けてきたので、これはこれでありかも、という感じです。絵はいかにも昔の少女漫画という感じはするものの、少女漫画らしい繊細なタッチですし、綺麗です。

それから、最初、この謎めいた感じの、くせっ毛の洋風美青年って誰?白馬の王子様?と思ってしまいましたが、何と彼が長尾景虎でした。そして実際作品中でも、何かそのような感じのポジション。

 

 

 

ただ、この松井かずみという漫画家に限らない感じなのですが、このシリーズ、戦国時代関連を数冊試しに読んでみた印ですが。たぶん、あまり歴史物漫画を得意としていないとか、本来の担当ジャンルではない漫画家達が描いているせいなのか? 割とレディースコミックの漫画家が描いた歴史漫画作品には、ありがちな傾向に思われる、何かと時代考証面に、甘いというか、適当というか、そういう所がちらほら見受けらるような気が。例えば、作中で女性達が、もう腰巻装束を着ているし。お市の方の肖像画にも見られる、腰巻の戦国婦人装束が日常的に着用されるようになったのは、安土桃山時代に入ってからですからね。

 

 

思わず、最初に気になってしまった所です。

それに、一番の疑問ですが、なぜ彼女が上原城ではなく、高島城に住んでいることになっているのか。

作中の紹介文にも、思いっきり「諏訪頼重の居城」と書かれているし。この浮城は、江戸時代に、日根野高吉により築城されています。彼も諏訪方面の武将ですが、諏訪氏とはまた違う家だと思います。豊臣秀吉の小田原攻めの戦功により、諏訪一帯の統治を任されたようで、やはり元々諏訪の土着勢力として、この地を統治していた諏訪氏とは違います。

そして一六〇一年にここに移封された諏訪氏も、当然諏訪御料人の家とはまた違う、分家の方の諏訪氏ですし。

またこの城の様式を見ても、明らかに江戸時代のものです。この地方では、ガイドブックなどで信玄と彼女が過ごした城なんて宣伝されていますが、全く史実性はない、明らかに観光目的の適当な作り話です。

それに、作中に時々出てくる、上野原城ってもしかして、上原城のことなのでしょうか?

また、父の頼重もすでに中年みたいな感じで、明らかに老け過ぎだと思うのですが。まだ、当時二十六歳くらいのはずですが。

 

 

 

これでは、信玄の妹の禰々御料人との結婚も、まるで後妻と

しての再婚のような扱いだし。

ちなみに、彼女は正室として頼重の後妻に入った訳ではなく、初めから諏訪御料人の母の小見氏(麻績)が側室としており、そこに新たに禰々が正室として入ってきたので、重婚でも再婚でもなし。

この作品では、実母の小見氏はすでに死んでいるかのような扱いですが、実際には、まだ、諏訪御料人の母の小見氏も存命だったようですし。

それに、巻末の年表の諏訪御料人の没年も、一年まちがっているし。実際は一五五五年。

ここは最もまちがってはいけない所なのでは。

このように、数箇所に渡り、考証の不正確さが見られるのが、気になりました。

確かに、武田信玄にまつわる女性達について、諏訪御料人の実名は由布姫だの、他の側室の禰津元直の娘の実名は里美で、美人で男勝りの女武者だの、かなりいいかげんなことばかり歴史関連の一般書に書いていた、歴史作家などが、当時多かったのは事実ですが。

 

 

特に、更に続いて九〇年代に入ってから、例の大河ドラマ「武田信玄」ブームに乗って、武田信玄関連の本が、大量に粗製乱造されていますしね。

この出版社の商売傾向は、今でも変わりませんが。

永井路子がよく実証派の歴史小説家と評されるのは、それだけそういう書き手の方が少ないということの裏返しでもあるのでしょう。そしてそういう彼女の著作でさえ、彼女の主観が時々目立つことがあるくらいですから。

しかし、だからといって、そういう風潮に乗せられて、この本の出版社や編集者や作者自身が丁寧な史実の調査や時代考証を、怠ってもいいということではないと思います。

例えば彼女の正確な没年なんて、長野の彼女の菩提寺の建福寺を訪れれば、いくらでもすぐわかることだと思いますが。

 

それに、私が参考文献の一つとして挙げている「城と女 上・下巻 楠戸義昭 毎日新聞社」はこの漫画と同じ八〇年代の本ですが、すでに諏訪頼重の居城は上原城で、高島城は彼や諏訪御料人とは直接関係のない場所であることや、諏訪御料人は一五五五年に亡くなっていることは、すでに判明していました。こういったことを、この漫画の出版社が、当時調べることが不可能であったとは、思えません。

 

これも八〇年代に出版された、武田信玄研究及び、その正室の三条夫人の初の本格的な伝記を出した上野晴朗氏も、自著の一つの中で、最近自分の書籍を含め、ただの既存の書籍の内容の剽窃や焼き直しという、いいかげんな仕事をする出版社が多いという嘆きと憤慨のお言葉がありましたが。

しかし、いまだに出版社の、歴史関連でのこういう体質・姿勢は、根本的に改善されていないように思えます。日本の出版物は、一回の刊行数が多過ぎるので、雑な仕事になりやすいというのもあるのかもしれませんが。

 

 

 

それから私が思うに、武田信玄とか諏訪御料人を扱ったフィクションというと、本来なら必ず典型的な悪役ポジションで登場してくる正室の三条夫人を、一切この作者が登場させなかったのは、他のフィクションでは恒例の、正室三条夫人と諏訪御料人との確執描写をしない、綺麗な感じの悲劇的物語にしたかったということではないかな?と。

おそらく、この漫画が出版された年代などから考えても、この作者のイメージの中でも、どうせ、この二人といえば、愛妾と愛されない正室との、ドロドロ確執設定になっていると思われるし。それから、このように作風は少女漫画風ながら、この作中では「燁姫」とされている主人公の、信玄の憎み振りがなかなか凄まじく、結構ドロドロしていますが。

その日は素直に信玄になびきそうに見せて、邸内に刺客達を潜ませて、信玄を殺させようとする、悪女的な作戦も、計画したりしていますし。

 

 

 

 

それからこの漫画の最初の方に、諏訪御料人について簡略に説明があり、終わりに「はかなく美しい一生」と評してあり、この作品の中では、絶えず信玄への憎悪と復讐に執念を燃やし続けている彼女が、はかなく美しい一生?と思いましたが。でもこれはもし彼女が息子の勝頼が成人するまで生きていたとしたら、きっと息子の家督相続を巡って、彼女と正室の三条夫人との間に、正室と側室との争いが勃発していただろう、という推測によるのでしょうか?

しかし、こうして彼女が早死したため、そういった後継者争いに関わることもなく、信玄に熱愛された幸せな女性のまま、若く美しいままこの世を去ったとか?

ストーリーの最終ページには、一面のすすき野原が描かれていて、「信玄亡き後、勝頼が武田氏の名跡を継いだ」とか、この風景の中に、こんなようなモノローグが入れてありましたし。やはり、武田信玄最愛の女性である諏訪御料人の息子である勝頼が、武田家を継ぐべくして継いだというように、話の最後でも、このように改めて強調している感じですし。

 

 

 

 

それから、武田信玄と上杉謙信の小説といえばお馴染みの、「武田信玄」の新田次郎と「天と地と」の海音寺潮五郎のそれぞれの武将評価が、後ろの方のページに出ていたし。

 しかし、三条夫人を登場させ、確執描写をせず、というのは、私が上記で推測しているように、ただのこの作者の表現の好み的なものかもしれませんが、これはまたこの作品でも、三条夫人の悪妻描写かと危ぶんでいた私にとっても、結果としては良いことなので、よしとします。

 

 

 

そしてストーリーの方の、簡単な説明。

諏訪御料人は、父頼重の謀殺~輿入れの経緯から、なかなか信玄に対して素直になれず、例によって憎悪の炎をメラメラと燃やし続けますが、途中ではまさに騎士、白馬の王子という感じの、景虎に恋心を抱いたりもしますが、死ぬ間際に、やっと信玄への愛に気づくという、基本的な悲劇パターン展開という感じです。

そして彼女自身の性格描写も、例によって、とても勝気で誇り高い性格設定。

実際には、こんなドラマチックな展開があったのかはわかりませんが(そもそも、当時の記録には、諏訪頼重死後の、諏訪御料人が信玄に嫁いでくるまでの、具体的な経過が伝えられていないため。)、燃え上がる城内に飛び込んだ信玄本人が、すぐにある一室にいる燁姫を発見。

そして彼女に一目散に駆け寄ろうとするが、すぐに敵将と気付いた燁姫は、これに対して懐剣を振りかざし、勇敢に立ち向かいます。更に、その上、彼女は乗馬まで嗜む活発な女性になっています。また短い間とはいえ、山賊相手に、大立ち回りまで演じてみせたり。そして、信玄に対しては終始憎しみの言葉を叩きつけるわ、実際に顔を叩くわ、鉄砲をぶっ放す、刺客を潜ませる。そしてついには自らの手でと、しつこく命を狙い続けるわと、手負いの獣の如く反抗的で、何ともきっつい性格の彼女に対し、なぜかどこまでもメロメロな信玄というのも、もはや規定テンプレートと化している設定ですが。

この作品でも、いきなり鉄砲で撃たれたり、自分との間に息子までもうけていながら、他の男、しかも敵対している武将と駆け落ちまでされているというのに。

 

 

 

 

しかし、少女漫画特有の繊細な風情や表現はある作品といえども、この姫も他作品に負けず劣らず、怒りと憎しみの塊と

 化しており、ずっとこんな彼女視点の話なので、読んでいて疲れました。所々垣間見える描写に、本当は優しい女性なのだと匂わせたいのだろうとは思いましたが。

しかし、景虎に対するしおらしさや可憐さとはうって変わって、信玄に対する、ほとんど容赦のない態度など、やはり、かなり気が強くて激しい女性だなという印象は、否めません。この話を読んでいても、どうしても、何でいくら美人だからって、こんなピリピリとした、山猫みたいな獰猛な感じの女性がいいんだ、きつい女性好きなの?信玄って・・・と思ってしまう。でも、ほぼどの武田信玄関連フィクションでも、信玄がここまで彼女に執心するのは、結局は何よりも彼女が大変美しかったからだという理由に、集約されてしまうように見えるし。このように、よく扱いずらい女性として描写されている彼女に、信玄がここまで執心する様子に、いついまいち説得力が感じられない気がするのは、しかたないのでしょうが。

 

 

 

 

 

 

角川文庫「魔界転生 上巻」山田風太郎 角川書店
角川文庫「魔界転生 上巻」山田風太郎 角川書店
角川文庫「魔界転生 下巻」山田風太郎 角川書店
角川文庫「魔界転生 下巻」山田風太郎 角川書店
角川映画「魔界転生」1981年 主演 沢田研二
角川映画「魔界転生」1981年 主演 沢田研二
角川映画「里見八犬伝」1983年 薬師丸ひろ子演じる静姫
角川映画「里見八犬伝」1983年 薬師丸ひろ子演じる静姫

ただ、信玄及び諏訪御料人を題材にした、凡百のお馴染み紋切り王道展開と少し違うのは、幼い頃から慕い続けてきた憧れの男性ということになっている、長尾景虎の存在が彼女の人生において、クローズアップされていることでしょうか。

そういえば、歴史小説の中などでは、いつも諏訪御料人とワンセットみたいな扱いをされている山本勘介も、珍しく登場してきません。代わりに、景虎のお小姓みたいな人の、これまた美少年の鷹羽丸にまで秘かに想いを寄せられて、相変わらず、モテモテですが。

あ、この鷹羽丸が勘介的ポジションなのか。主の命を受けて、秘かに彼女を見守るみたいな。そして主君の妻への叶わぬ思いに、胸を焦がすというような。

このように話の基本は、井上靖や新田次郎の小説のそれながらも、秘かに姫を見守る存在が、伝承によると中年で隻眼の醜男だったとされる山本勘介では、なるべく少女漫画的な美しいイメージを保ちたい、この作品の世界観にそぐわない感じだから、代わりにこのような少女漫画的な人物が、創作されたということでしょうか?

それから他の違いといえば、史実上では消息不明になっている、頼重と信玄妹の禰々御料人との息子寅王が、成人して信玄を討とうとするが失敗して逃亡、今川義元の許に助けを求めるが結局捕まり殺害されるという長笈伝承も取り入れてあります。しかし、この作品では義元ではなく、景虎の下に匿われたことになっており、また最後も伝承通りに、結局は信玄側に討ち取られず、景虎の許へ落ち延びたことになっています。

 

 

 

 

 

 

それから、この話の中では、諏訪御料人は憎んでいる男の息子である勝頼よりも、弟の寅王の方が愛おしかったということですかね?寅王の方は、自分と共に信玄を倒すのに協力して、諏訪総領家の再興に協力して欲しいと言いつつも、その一方では姉に対して、四郎さまがおられる姉上の心中いかばかりかと思いますがと遠慮することも言っていますが。でも当の諏訪御料人の方は、信玄が殺され、そして自分の弟の寅王が諏訪氏を継ぐということは、自分の息子にはそれができなくなるということなのに、全然それについての不安は、一切感じていないようですし。

しかし、いくら嫌いな男の子とはいえ、諏訪氏の血も引く我が子は我が子なんだし、母親の違う弟よりも、普通は自分の息子によって再興して欲しいと思う方が、自然なのではないか?と思うのですが。

 

 

 

 

 

それに、私が今回の漫画などでも強く感じたことですが、ほとんど本人に関する当時の情報がない、諏訪御料人のような戦国女性達を題材にした、こういう作品というのは、やはりどこか不毛な印象が否めません。

それでも、彼女と同じように、本人に関する同時代情報がほとんどない、濃姫などもそうですが、実像が全然わからない女性達なりに、それぞれ違う人物像になっていれば、まだいいのですが。しかし、こういった女性達を主人公にした小説やドラマや漫画などを創作する場合、結局はその関連分野での代表的な歴史小説中での人物設定や描写が、更にまた他の作家達などの参考にされて踏襲されていくことが多い訳で。

 

 

 

例えば同じ少女漫画系で言えば、この「ロマンコミックス 人物日本の女性史シリーズ」よりは、新しい方の作品ではあるものの、このかやまゆみの「講談社コミックスフレンド 時をかけた少女たち」の中にも、このように、瑠璃姫という名前で、諏訪御料人を主人公にしたものがありますが。そしてやはり明らかに、この話の中でも、新田次郎の小説中での信玄の妻達の人物設定や描写が、そのまま使用されていました。例えば最初諏訪御料人が、武田家に人質として送られていたという話とか。

それからこちらは黄梅院主人公の方の話での描写ですが。

長女の黄梅院の大事な輿入れの前夜なのに、勝頼が少し熱を出したくらいで、娘の結婚はほったらかしで、一目散に諏訪御料人の許に行ってしまうとか、あり得ないし。

確かジェームズ三木脚本の、テレビ朝日版の「天と地と」で、大事な合戦の最中に突然抜け出して、諏訪御料人の臨終の枕元に、必死で駆けつける信玄と同じくらい、あり得ないです。

 

 

 

ちなみに実際に信玄がこのように子供達の中では、勝頼を専ら溺愛していたというような、具体的な史料及び形跡は、ありません。その母親の諏訪御料人の場合と同じく、最終的にこの息子の勝頼が武田家を継ぐことになったということが、ほとんど唯一の、決定的な根拠ということにされているようです。しかしやはり上野晴朗氏なども、こうした見方には疑問を表し、その盲目の点から、特に気にかけていたと思われる、盲目の息子の武田信親に対しても、その養育者に長延寺の実了師慶を選ぶなど、父信玄の配慮は大変に行き届いている事実を示しています。そして更に、信玄が諏訪御料人を愛するあまり、その息子の勝頼を偏愛し、相続の全てを委ねてしまったと見る俗説は、あくまで後世の、巷の当てにならない噂話や小説の世界のものでしかないとしています。

それから私は、濃姫の記事の中でも書いているように、軽めの民放の時代ドラマは苦手な方で、特に観ないです。

これもテレビ朝日版の「風林火山」もそうらしいですが、この時テレビ朝日での三条夫人の扱いが悪い感じがしたので。

 実際に、この後立て続けに放映された、このテレビ朝日版の「天と地と」でも、同様だったらしいし。

それからテレビ朝日版の「風林火山」とこのドラマは、このように、私は直接観てはいませんが、他の人のブログか何かで紹介されていて、偶然知りました。

それに、そこでも、さすがにこの「天と地と」の中でのこの驚愕の、信玄の戦線離脱展開については、呆れるようなトーンで紹介されていたような。

 

 

 

 

 

話はこの漫画の方に戻りますが、この「時をかけた少女たち」の中で、多少新田次郎の小説とは違うのは、新田次郎はおそらく黄梅院が三条夫人の娘であることから、黄梅院にも冷たい感じですが、この漫画の中ではさすがに信玄が夫婦関係は険悪でも、たぶん史実通りに、この長女のことは可愛がっていたことにしています。

しかし、この話の中でも専ら強調されるのは、父の信玄と娘の黄梅院との心の絆ばかりで、例によって母の三条夫人は除け者扱いの構図は変わらず。ちなみにこのシリーズの中では、諏訪御料人と三条夫人長女の黄梅院と勝頼正室の北条夫人はヒロインとして扱われ、単独の話が描かれているのに、このように武田家の女性達の中で三条夫人だけは典型的な悪役としての脇役扱いで、このシリーズの中でも、変わらぬ冷遇振りです。

このように、少女漫画の方でも、たまにヒロインとして扱われることがある、他の武田家の女性達はともかく、三条夫人をヒロインとして扱っている作品は、なかったと思います。

 またこの北条夫人については、河村恵利も取り上げている「乱れ髪」というのもありますが、こちらはなぜか全体的にかなりおどろおどろしい感じで、大分トーンが違っていました。「五徳春秋」収録だったような。

 

 

 

 

 

要するに、こういう諏訪御料人達などのような、不明確なことばかりの人物達を中心に取り扱った、こうした作品群って、二次創作というか、更に三次創作みたいなものになりやすい訳で。どこまでも一定のイメージを、複製し続けているだけのものになりがちというか。

中でも、歴史作家達の、三条夫人に対する強い固定観念や偏見のせいなのか、特に武田信玄を巡る女性達の描き方が、昔から際立って画一的で、オリジナリティーに欠ける傾向を強く感じるし。いつまでもこういう傾向、依然として変わらずという感じで、私などは、ほとほとうんざりしているんですが。巷に溢れる数多の武田信玄関連小説も、もはや井上靖や新田次郎の二番煎じならぬ、何番煎じにまでなるんだか。

このロマンコミックスでの諏訪御料人も、激烈な気性や結核で死ぬ所など、やはり、明らかに井上靖や新田次郎などの小説での人物描写の影響が、色濃く感じられる内容でしたし。

 

 

ロマンコミックス 人物日本の女性史 細川ガラシア 香坂鹿の子 世界文化社

ロマンコミックス 人物日本の女性史 細川ガラシアのイラスト
ロマンコミックス 人物日本の女性史 細川ガラシア 香坂鹿の子 世界文化社

これも世界文化社から、月に二冊セットで刊行されていた、ロマンコミックス 人物日本の女性史シリーズの一冊。

これも、やはり昔の少女漫画という感じの絵ではありますが、綺麗です。内容としては、全体的にかなり三浦綾子の「細川ガラシャ夫人」の影響が色濃い感じ。忠興の弟の興元が美しい義姉の玉子に恋焦がれ、彼女の最初の息子の忠隆に、大変な愛着を覚える点。

更にまた一時玉子が夫とは違う、物静かで穏やかな人格者かつキリスト教徒である高山右近に憧れる場面。

そして更に、忠興が玉子に、和歌を貼り付けた色紙を贈る逸話など。

ただ、全体的にこの作品の中では、彼女と夫の忠興よりも、この興元との関わりの方を強調して、描いている感じ。

彼は玉子のキリスト教への信仰を、彼女と同じくらいのレベルで理解しようとしてくれているような人物のような感じで。

それに何かこの彼との関係も、場合によっては恋仲に変わっていたかもしれないような、微妙な感じの描かれ方。

何しろ、この話の中ではこの興元にとって玉子は、永遠の心の恋人のような存在にまでなっているので。

もう少し、玉子と夫の忠興との関係の方も、詳しく描いて欲しかったような。それから、例によって、いずれも登場する男性達がことごとく、美形揃いになっていますが、これは少女漫画のお約束でしょう。

それからこの漫画、電子書籍出版社の、「株式会社ビーグリー」という所から電子書籍として配信開始され、電子書籍としても読めるようになったようです。

 

 

それから、やはりこの作者も、歴史物を主に描いていた訳ではないようですが、過去に一冊だけ「ひとみコミックス 不死蝶伝説 秋田書店」という単行本が出版されているようです。

この漫画家も、河村恵利や原ちえこと同じく、秋田書店系で描いていた漫画家だったようです。